母の味

生物学的に言えば

わたしはとても弱い個体に当てはまる

アレルギーや病気を繰り返すだけではなく

社会の基盤となる人間関係を築ことすらままならず

肉体的にも精神的にもとても弱い個体であった

 

本人もそれなりに苦労したが

この個体を育て維持してきた人々が一番苦労したのだと今では思う

そう、両親だ。

 

動物社会でなら真っ先に淘汰され、そして淘汰を容認されてもいいはずだが

人間社会ではそうは問屋がなんとやら...で彼らは多大な苦労を繰り返してきた。

両親自身も「感謝さえこそすれ、恨まれる理由などあってたまるものか」と。

まさに、その通りである。

 

前置きが長くなったが

先日、母が風邪を患い「おかゆが食べたい。」と言った。

よっしゃ任せろ。と作ったがいいが

米から作ろうとすると意外にも時間がかかるこの料理。

ブクブクと泡が生まれるたびに小まめに混ぜねば

焦げてしまうという地味に手間もかかる。

クックパッドで調べ完成したおかゆを 

母は「芯がある...」と呟きながら食べていた。

思い返せば、おかゆなぞ自分で作ったことは一度もなく

むしろハンバーグや餃子のほうがレシピを見ずに作れるくらいだろう。

 

 

そう。

その時気づいたのだ。

実は おかゆ とは、特別な料理なのだ、と。

自分ひとりが病に伏せれば、料理するまでもなく

コンビニというコンビニエントなツールを使えば事足りる。

しかし、おかゆとは

パーティ料理のような華やかさなど微塵も含まないが

病に伏せった相手のことを気遣ったという特別な時に振舞われる料理なのだ。

 

病気になる度、幾度となく振舞われたおかゆ

母はわたしに何度も何度もこの料理を作ってくれたのだ。

熱いおかゆに塩気の効いた梅干し。

わたしにとって、安堵や安心の代名詞のようなこの料理に

気づかなかった想いを感じた、そんな日だった。